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長くもがなと思ひけるかな

きみがため 惜しからざりし 命さへ

私のきんあらファンへの歩み①

私はKinKi Kidsのファンであり、嵐のファンである。いわゆる「きんあらファン」と言われる人間の1人と言って良いだろう(この名称の知名度がいかほどのものかは分からないが…)。

しかし、私のTwitterを日頃見てくれている人からすると、KinKiのことばかり呟いている私を「本当に嵐も好きなの?」と思っている人もいるかもしれない。


結論から言うと、
私はどちらのグループのFCにも入会している「掛け持ち」であり、KinKiファン歴よりも嵐ファン歴の方が長いのである。


私がまだ「嵐一筋」で嵐さんを見聞きすることだけを生き甲斐にしていた時期のことや、運命的に(!?)剛くんやKinKiさんに出会ったときのことなど、Twitterでたまに呟こうとしたこともあったが、話が長くなりすぎてどうもTwitterらしくない()

そこで自分の備忘録も兼ね、
「私が嵐にのめり込み、そして突如KinKi沼にハマって今にいたるまで」について、ここに言葉に残しておきたいと思う。



☆「嵐ファン」になる前の話(そこからかよ)


嵐の5人のことをちゃんと認識したのがいつだったか、はっきりとは覚えていない。

しかし、小学校低学年の頃から土曜日の昼はフジテレビを観ていたと記憶している。テレビに若い男の人が5人写っているな…というそんな程度でしかなかったけれど。


何せ私は10歳くらいまで、芸能人にほとんど興味がなかった。夜9時以降のTVを自由に観ることが出来なかった(父親に絶大なるチャンネル権があったから)こともあり、人気のあったバラエティー番組やドラマもあまり観たことがなかった。

※2人の兄の影響で『鉄腕DASH』と『学校へ行こう』は頻繁に観ていた。『堂本兄弟』や『スマスマ』は1度も観た覚えがないのは、きっと放送時間のせいだったのだろう。



私がはっきりと「嵐が出ている番組」だと分かって観た最初の番組は『まごまご嵐』だった。

山や海に近い小さな街へ行って1日お年寄りの「孫」になって働くというシリーズと、親が外出している間に子供たちに料理を作ってあげるというシリーズが交互に放送されていた気がする(ウィキで調べてみたら、2006年度後半はそんな感じだった模様)。かなり懐かしい。今思えばもんのすごく羨ましいロケだったなぁ。若かりし頃の嵐さんに晩ごはんを作ってもらいたい人生だった()


まごまご嵐』が終わると『GRA』が始まった。毎回「~研究会」という題で色んなものを研究していた気がする(内容の記憶は曖昧)。相葉くんが司会のポジションにいることが多くて、時折天然なところをぶちかましていて可愛かった。椅子から滑り落ちたこととかなかったっけ…??笑
後、「スケート研究会SP(で合ってるかな…)」が凄く面白かった記憶がある。
※『GRA』が「ゴールデンラッシュ嵐」の略だったっていうことは割と最近知りました(笑)


そして『GRA』が終わって次に始まったのが『VS嵐』。初回放送を観たことはバッチリ覚えている。対戦ゲストはココリコで、初回にやったゲームは「フォーリングパイプ」「クリフクライム」「ローリングコインタワー」。初回にやったゲームが今なお残ってるって凄いよね。
そういえば、初期の頃に主に2番目にやってたゲーム(ウィキによると、『キャッチングブリッジ』)は割とすぐになくなった。結構高いところでやるゲームだったから危険だったのかな。

因みに、『VS嵐』が始まったのと同時くらいにTBSで『ひみつの嵐ちゃん』が始まったのだけれど、そっちは観ていなかった。
あ、でもその番宣で5人で出た『東京フレンドパーク』は観たし、録画もした気がする。懐かしい。

日テレの『嵐の宿題くん』も、勿論この頃は観ていなかった。『嵐ちゃん』も『宿題くん』も、放送時間的にリアルタイムでは観られなかったし、録画を頼むほどでもなかったのだろう。




そんな訳で、フジテレビの嵐さんが出ている番組は継続的に観ていたけれど、だからと言って多局の嵐さんが出ている番組や出演しているドラマなどには足を伸ばさなかった。だから、この時期は単に「自分が好きな番組に嵐というアイドルが出ている」っていう程度だったんじゃないかなぁ…。






思っていた以上に長編になりそうなので、一旦ここまで。先は長いぞ(笑)