長くもがなと思ひけるかな

きみがため 惜しからざりし 命さへ

私のきんあらファンへの歩み⑥

4月になってしまいました、お久しぶりです。

もうすぐKinKiの剛くんのお誕生日(4月10日)ということで、そろそろ私とKinKiさんとの出会いの話を書いていこうと思います。

と言っても、たどり着けるかな?笑



☆『KinKi Kids』って…??

まずは、ファンになる前の私のKinKiに対するイメージの話から。

一言でいうと、

・ロン毛と髭
・活動してるの?
・結局兄弟なんだっけ?

…一言ではなかったし…なかなかに酷い()

でも正直に、
私がKinKiに出会う高3の9月くらいまで、
こんな風に思ってた。

※因みに「ロン毛と鬚」は、私が一番好きでない光一くんの髪形(『全だき』辺りのロン毛)と剛くんのビジュ(I~Jコン辺りの鬚)である←

恥ずかしながら、KinKiがギネス記録を持っていることも、ftrそれぞれがソロ活動をしていることも知らなくて、『SHOCK』の存在すらも知らなかった…。

ただ、ファンになる前にKinKiを観た中で、1つ印象に残っている場面がある。

それは、KinKiが京セラで単独カウコンを開催した年の、フジテレビのカウコンの番組。

嵐が司会をやるということで、私は“嵐を観るため“に初めて自らの意思でカウコンを観ていた。


そしてそこで目にしたのは、

剛くんが光一くんの若かりし頃の写真を見せ、
お誕生日の光一くんに花束を手渡しハグをする、

という場面。

もし私がそのとき既にKinKiファンだったら、悲鳴をあげるか涙するかだったであろう名場面を、私は何気にリアルタイムで観ていた。

当時の私は特に興奮したりはしなかったが、

そのときに歌っていた曲の冒頭(『ハピグリ』の「together~♪」の部分から始まるアレンジ)が綺麗だなぁと思ったことと、

KinKi Kidsって仲良しなのね、と思ったこと、

この2つはよく覚えている。

後、そのとき新曲として発表された『約束』も。


カウコンの録画は暫くして短く編集したけれど、
KinKiのその部分は残してあったような気がする。

デッキが変わってしまっていて、もう観ることができないのが残念。


ただ印象としては本当にそれくらいで、

印象と呼べるほど知らなかった。

というか、
嵐以外に興味がなかったという方が正しいのかな(笑)



☆剛くんの優しい声


私は高3の7月いっぱいで部活を引退し、8月から本格的に受験生としての生活を始めたものの、いまいち勉強に身が入らないでいた。

部活をやりきったことの達成感と共に、「自分が部活でやってきたことに意味があったのか」などを考えてしまい無力感が襲ってきていたり、

志望大学・やりたいことが定まらなくて不安だったり。

さらに2学期に入ると、
担任や学年の先生からレベルの高い大学を目指すよう言われ続け、やっと自分で見つけた志望大学を否定されてしまった。

そんなこんなで、
ますます悶々とした気持ちを抱えながら勉強をする日々だった。


9月のある日。

現実逃避をしたいときに動画を観ることが好きだった私は、

いつものようにYouTubeで検索をかけて動画を観ていた。

(どんなワードかは書きません。)

そして、検索するといつも出てくるけど開いたことはなかった動画。

それをなんとなく開いてみた。



………それは動画ではなく、ラジオの抜粋だった。


10代の子のディープ過ぎる悩みのメールを読んだ後、それに対して真摯に答えている優しい声の男性…それが、堂本剛くんだった。

初めて聞いたときは、「本当にこの声の主が堂本剛くんなの?あのKinKi Kids堂本剛くんなの?」と、ひたすら疑問だった。


でも、とにかく声が優しくて、そして彼の言葉に当時の私はとてもとても救われた。


・“今“はいつか、“過去“になるから。

・周りに色々言われることに、苦しむ必要性はない。

・自分にとって救われる瞬間を与えてくれるものやジャンル、世界ってあると思うんだよね。まだ触れていないのであれば、触れればいいのに。

・一番見つけなきゃいけないのは、本当の自分。



…そう、
剛くんの「Fashion & Music Book 」の一部。

このラジオを聞いたとき、
モヤモヤに光が差し込んできた感じがした。

本当に嬉しかったし、ホッとした。


そして気づいたら、何度もリピートすることに加え、他の日のラジオも探して聴くようになった。


剛くんがよく言う、
「他人に作られる自分」と「本当の自分」。

生意気ながら私もそれを強く感じながら生きてきていたから、すごく共感できる考え方が多かった。


剛くんの病気のことは、ラジオの話から初めて知ったので最初はとてもびっくりした。
壮絶な人生を歩んでいるんだなって。


でもそんな人生だからこそ、たくさんの人の悩みや苦しみに寄り添ってくれているんだなぁって、思った。


因みに、
「自分が壊れる」という感覚も共感できてしまったりする。笑。


高校の先生達のお陰で『大人不信』になりかけていたけれど、剛くんがそれを食い止めてくれた。

剛くんの声を聴くことが、いつしか癒しになっていました。


そして、私が初めて聴いた曲。

サイトにアップされていたラジオは曲が切られていて、曲名を頼りに検索をかけてもなかなか出てこない中、
フルでしっかり聴くことができた初めての曲。


それは、『きみがいま』。


きみがいま
見つめるものを
聞いて……
僕が信じてあげよう
僕は信じてあげるよ


この歌詞に支えられた。助けられた。

「自分らしく生きてみたい」と思わせてくれた。


具体的にまずは、

自分が「行きたい」と本当に思った大学を受けるべく、先生や親を説得することに決めた。

…実際にそうしました。
自分の意思を誰かにきちんと伝えるって、いつぶりだったんだろう。

結局上位の志望だった大学は落ち、第4志望くらいの大学に今は通っているけれど、

「大学に受かるため」に勉強させられるよりは良かったんじゃないかなぁ…。



このような選択が正しかったか分からないし、
正直今の自分が本当の自分かも分からないし、
自分が本当にしたいことは何なのかも分かってない。

でも、こんな風に「ありのままの自分」を考えるきっかけをくれた剛くんには感謝しかない。


剛くんのお陰で、
『今』『自分の気持ち』『縁』
を大切にするようになりました。



そして『きみがいま』、
この曲は今までもこれからも、
私の背中を押し続けてくれると思う。



私とKinKiの出会いまでもうすぐですが、

今日はとりあえずここまで。

私のきんあらファンへの歩み⑤

お久しぶりです。
前回までの4つの記事で、中学時代までのことについて書いてきました。

嵐さんのみの記事は、これで最後になるかな~。





☆『LOVE』なんて考えてる場合じゃない


高校生になった私は、初っぱなの自己紹介から嵐ファンであることを公言しまくった結果、同じ嵐ファンの子が話しかけてくれたりして、友達がどんどんできていった(笑)

というか、高校自体が楽しくて素敵な友達にも出会えて、3年間いい思い出がいっぱーい!!


ただ、勉強と部活で毎日がとっても忙しくて。

変わらず嵐さんは大好きだったけど、TVなんかはリアルタイムを逃すと暫く後になって録画を観る感じに。

ドラマは気合いを入れてリアルタイムで観てたかなぁ…。塾に一度も行かなかったことが幸い(笑)


高校受験期の『ラッキーセブン』は観れなかった(その後今に至るまで観てない…観たいなぁ…笑)けど、
鍵のかかった部屋』や『ラストホープ』、『家族ゲーム』、『失恋ショコラティエ』、『弱くても、勝てます』…は観てたし、

映画も『プラチナデータ』と『陽だまりの彼女』はちゃんと観に行った。

プラチナデータ』のニノと、『陽だまりの彼女』の松潤は凄く好きだった!!


こんなにドラマや映画を観てるじゃん!!って、突っ込まれそうだけど(笑)

ドラマを観る代わりに(!?)、ライブDVDはなかなか観られなくなりました…。


Popcorn』や『LOVE』のライブDVDは、多分1回くらいしか観れてないw

しかも『LOVE』に関しては、アルバム自体もあんまり聴けてないという…笑

というのも、
アルバム『LOVE』が発売されたのは、2013年の10月23日。

当時高2だった私は、代替わりで部活の部長に。

県大会を連覇しているなかなかの強豪校だったから、その連覇を途切れさせないことを目標に頑張る日々。

ただ、勉強に専念するために部活から離れる子が出る時期でもあって、自分も色々悩みだから毎日部活をやってたなぁ…。

10月~11月は、複数の大会と修学旅行。

そんな感じで忙しく、しかも女子校だった私。



アルバム『LOVE』が発売されたときに思ったことは、
「こんな忙しいのに、ラブソングなんか聴いてる場合じゃないわ!!」
だったwww


アイドルのファンなら、普通は“LOVE“がテーマのアルバムだったら嬉しくて仕方ないのだと思うのだけど、私の場合は真逆(笑)


今もそこまでラブソングにときめかないから、一般的なアイドルのファンが求めているものと私が求めているものは、少し違うのかも←



そんなこんなでしたが、
アルバム『Popcorn』だと『Waiting for you』や『Up to you』、『LOVE』だと『愛を歌おう』や『Rock tonight』は結構好きで、昔の曲と合わせて割とよく聴いていたかな~。


後、『Bittersweet』のカップリングの『もっと、いまより』という曲が大好きで。

丁度CDが出た2014年の春頃、部活絡みで凄く大きな出来事があって。
“この先どうなっていくんだろう…“と不安しかなかったときに聴いて励まされてた。


これから先 何が起こるのだろう?
考えたって 分からないけど
今僕が踏みしめるこの道を
ただ真直ぐに 歩き続ける



他にも『Still…』とか『エナジーソング』とか、私を支えてくれた曲は数知れず。


因みに部活の最後の方で呪文のように歌ってた(笑)のは、『Everything』。


この長い坂を越えるとき
その先に何が見えたとしても
後悔はしたくない
光灯し続け 明日を照らして


…なんだか色々思い出しちゃう懐かしいなぁ~。



高3の7月に部活を引退して本格的に受験勉強を始めるまでは、嵐さんと、たまにドリカムさんを支えにして頑張ってたという訳です。



じゃあその後は…?というと、

この後、ようやくKinKi Kidsさんの登場です(笑)


きりがいいので、今日はとりあえずここまで。

私のきんあらファンへの歩み④

ここまで、私が嵐さんにハマるまでのお話を3回に渡って書いてきました。

今日は、『単なるファン』から『根っこの深いファン(自称)』になったきっかけの話を1つ。

あんまり明るい話じゃないし、嵐さんと関係ない私事も多くなりますので、ご了承ください。

嵐さん関連の話だけを読みたい方は、かなり下の方までスクロールしてください。




☆『俺がいるから』

私が嵐さんにどっぷりハマった2009年。
このとき私は中学1年生。

私が所属していた学年は、
一言で言えば『問題学年』だった。

不良みたいな人はあまりいなかったけれど、"先生の言うことを聞かない"とか、小学校低学年の子みたいな人が男女問わず周りにたくさんいた。

中でも私がいたクラスは多分一番酷く、何よりも担任と生徒の仲が日に日に悪くなっていった。

2学期に入ってからどんどん悪化していき、気づくと私語のない授業がほとんどない状態に。←こういうのを『学級崩壊』って言うんでしょうね(笑)

私は、自分で言うのも何だけどとにかく真面目な生徒だったから、授業中に私語をすることも、担任やへの反感に同調することもなかった。

ただ、『周りと合わせないと怖い』と思っていた時期であったため、それらを注意したり否定したりすることは怖くてできなかった。

何が書きたいかというと、
この頃は、学校に行くのが嫌でしょうがなかった(苦笑)

どんどん疲弊していく担任を目の当たりにすることも、毎日のように先生方の怒鳴り声を聞くことも、私語ばかりで意味のない授業を静かに受け続けることも、今思えばストレスだったと思う。

実際(前記事で書いた)インフルエンザにかかったときも、「学校休める!!やったー!!」と思ってたくらいだった。

家に帰って嵐さんの番組を観ることを励みに学校へ行ってました。真面目に。

でも、まだこの頃は良かった。
日記に「明日もまた先生に怒られるのか…」と書きながらも、最後には「なんとかなるさ!!がんばるぞー!!」って書いてたくらいだから。


2010年。
中1の3学期になってから、色んなことが起こった。


まず、担任とクラスの大きな衝突。

そしてそのまま姿を見せることなく、
担任が病休に入るという報告。

私にとってそれは凄くショックな報告で、「自分にできたことが何かあったはず…」と後悔した。

その先生にお見舞いの手紙を書こうという話があったときがあって、私も書いてみたのだけど、読み返すとほとんど「ごめんなさい」しか書いてなくて、それしか書けない自分が怖くなって結局渡さなかった(笑)

そのくらい私にとっては大きな衝撃だったのに、

クラスの人達は何も感じていないか、寧ろ担任がいなくなったことに喜んでいるかのようで。

そして今まで副担だった先生が担任になったものの、以前と同じかそれ以上に状態は悪くなっていった。


正直、「どれほどうるさかったか」とか「具体的にどんなことがあったか」とかは、今はほとんど覚えていない。

多分、嫌すぎて記憶から消してしまったのかと。

ただ1つ言えることは、中1のクラスには決して見えないクラスだった。


そして記憶がほとんどない中1最後の2ヵ月の中で、強烈に覚えている日がある。

忘れもしない、2月後半の金曜日。昼休み。

私は壊れた。

突然、
自分を保っていた何かがプチッと切れたかのようになった。

何もしたくなくなり、耳が遠くなる感じに…。

……「そんなこと本当にあるの?」と言われそうだけど、少なくとも私はそう感じました。


そして、動けなくなって1人教室に残っていた私の元に来て心配そうに見つめてきた担任。

「大丈夫か?」と聞かれ、自分でも自分の状態が分かっていなくて「なんでもないです」だか「大丈夫です」だかって答えた。

その瞬間、
担任は「大丈夫な訳ないだろっっ!!」って叫んだ。

そして叫ばれた途端、私は訳も分からず号泣してしまった(笑

さらに後には、
私のせいでその担任も泣いてしまったりした…。



これ以上のことはよく覚えていないけれど、
このシーンだけは本当に鮮明に覚えています。

忘れたいのに、忘れられない。

私を見つめてくる担任の目は、思い出すだけで胸が苦しくなるのだけれど。


(とりあえず公に書けるのはこれくらい笑)


その日から中1が終わるまでの1ヶ月少し。

私は 特定の人以外は自分から話しかけなくなった。『周りと会わせないと怖い』からではなく、『周りと合わせるのが怖い』から。

皆と関わりたくなくて、ひたすら感情を殺して学校へ通っていた。学校で笑うことも減った。


とにかく学校に行きたくなかったのだけど、欠席が多いと高校受験に響くと聞いたことがあり、休むという選択肢を持つことはなかった。

(まぁ、何度か保健室で休んだりはしてましたが笑) 



因みに、この話は親には一切言ってない。

理由は親に心配かけたくなかったのと、
せめて家では今まで通りの自分でいたかったから。





そんなこんなの生活。

私を支えてくれたのが、そう、嵐さんでした。


お待たせしました(笑



沢山の曲、勇気付けられる歌詞、そして画面を通して見られるかっこいい5人、可愛い5人。
家に帰ると嵐さんに浸って、元気と笑顔をもらう毎日。


そしてその中でも特に、1つの曲と、1つのDVD。
本当に大きな支えになっていたものがあります。



曲は、
アルバム『Time』に収録されている『LIFE』。

この曲の、1番サビの歌詞。



人には言えない悲しみや
冴えない毎日が続いても
散らばっている輝きを拾い上げれば
もう少し進める気がした



この歌詞に出会わなければ、最後まで学校に行けてたか分からない。
それくらいこの歌詞に勇気づけられました。


「人には言えない悲しみ」にも「冴えない毎日」にも共感。そして、背中を優しく押し続けてくれました。


朝は1人で学校へ行っていたのだけど、
自転車に乗りながらこの歌のこの歌詞を何度も何度も口ずさんでいた。


今もこの曲を聞くと当時のことを思い出してしまって、やっぱり苦しくなる…。

でも、本当に大好きで大切な曲です。



そしてDVDは、『Time』コンのDVD。

セトリも凄く好きだけれど、とにかく良かったのが最後の松潤の挨拶。


「…皆これから色んなことがあると思うけど、俺がいるから。俺ら嵐5人いるから。」


他の4人の挨拶もそれぞれ素敵だし、相葉くんの涙にもらい泣きしそうになったりする中、この松潤の言葉はとてつもなく嬉しかった。

「いつか嵐さんに会える日まで、頑張ろう!!」
そう本気で思わせてくれました。





結局私は、中1の残りの日々は乗り越えたものの、中2になっても色んなことがあった。

今度はクラスの問題というより、アイデンティティの崩壊的なことが(笑)

結果的には先生や母に色々心配をかけて、沢山悩んで葛藤して。

自己も学年もほぼ安定した生活が送れたのは、中3の1年間くらいw

※因みに、お陰さまで第一志望の高校に入学することができたので、それは本当に良かったです(笑



葛藤している間も、
常に私を支えてくれていたのは嵐さん。


『ファイトソング』や『僕が僕のすべて』は勿論、

2010年のアルバム『僕の見ている風景』の『Don't stop』や『むかえに行くよ』や、

2011年のアルバム『Beautiful World』のニノソロ『どこにでもある唄。』にも凄く支えられました。



本当はあんな日々なんてなかった方が良かったし、自分の突然の変化で友達も減ってしまったし、無理に頑張らないで学校を休んでしまっても良かったのかもしれない。


ふいに当時の様々な出来事を思い出しては、自分の選択が正しかったのかを考えてしまうのは今も変わらず。




ただ確実に言えることは、
嵐さんのお陰で乗り越えられたことが沢山あったということ。

だから、私にとって嵐さんは大切な存在です。




いつか一言だけ5人と直接話せる機会が出来たとしたら、
「今までもこれからも本当にありがとう」
と伝えたいな。

私のきんあらファンへの歩み③



☆素晴らしき10周年祭り


AAAコンのライブDVDをきっかけに嵐さんにハマっていった私(と母)。


過去のライブDVDとアルバムを買い漁り、嵐ファンとしての道を着実に進んでいた、丁度その頃。


嵐さんは10周年祭りに突入。


様々な雑誌に毎回のように登場するようになる中、テレビでの目玉と言えば。


2009年10月25日~11月1日の期間に日テレで行われた、「嵐CHALLENGE☆week」であった。 簡単に言えば、とにかく毎日嵐の誰かしらが番組に出ていた。


今思えばこれはめちゃくちゃ豪華だし贅沢な1週間だった。とりあえず片っ端から録画しました(笑)

 

そんな"幸せweek"の最中、筆者自身に大きな(??)出来事が。


10月27日。 フラゲした『5×10』のPV集を、お夕飯を食べながら母と鑑賞。初めて見るものばかりで面白かった。歌と歌の間の皆のコメントも良かったな。確か『ピカダブ』辺りまで見て、この日は終了。



そして翌日…。

2009年に大流行したもの、と言えばピンと来る人もいるかもしれない。


私は流行にのり、「新型インフルエンザ」に罹った。

※因みに私が通っていた学校でもかなり流行し、私は2か月くらいの間に学級閉鎖を1度、学年閉鎖を2度も経験。1度目の学年閉鎖と2度目の学年閉鎖の間に自らも罹りました(笑)


インフルエンザにかかってしまった私は思いの外高熱が出て、2日間くらいは1日中寝ている他なかった。


でも、寝ているだけでもしんどい。何かTVを観て気を紛らせたい。


…丁度よさそうな番組を発見!!



それは、10月26日から31日の6日間で深夜に放送されていた「嵐10年の傑作選 イッキ見スペシャル」。「宿題くん」以前の番組の傑作選が、毎晩放送されていたのである。


とりあえず録画していたもの、学校が忙しくて見る予定がなかった番組でもあった。


 

…結果として、ただひたすらにこの番組を観ることに。


この傑作選、すごく面白かった。熱や頭痛と闘いながらも、たくさん笑わせてもらった。


この番組のお陰でインフルに勝てた気もするし、もっと嵐さんが好きになったから、インフルにはもはや感謝(笑)。


昼間は色んな録画番組やライブのDVDを、夜は嵐さんが出ているテレビ番組を観て。


そんな生活を3、4日続けたら、体温が下がるのと反比例して嵐熱が上がった訳です(笑)


もうその後からはずっと、頭の中は嵐さんのことでいっぱい。


当時書いていた日記にも嵐さんの名前が度々登場するし、授業のノートに嵐さんの曲の歌詞を書いたりもしたし、時間があればCDを聴いたりDVDを観たり。


当時は『嵐の宿題くん』『ひみつの嵐ちゃん!』『VS嵐』と3本のレギュラー番組があって、リアルタイムで全部を観ることは難しかったけど、家に帰ってこれらの録画を観ることを楽しみに学校へ行ってたと言っても過言ではない(笑)


忘れもしない、初めて観た『嵐の宿題くん』は2009年9月28日。

「お金がないSP」という名目(??)で「相葉すごろく」をやっていた回だった。


パンダとかツタンカーメンとかジュリアナダンスとか…面白すぎてめちゃくちゃ笑った…懐かしい(*´-`)


後、2回くらいしかやらなかったけど「なりきり80秒トーク」も最高に面白かったw

録画を何度も観すぎて、それこそ全員のセリフを覚える勢いだった(笑)


また時々観たくなるけど、レコーダーが変わって観れなくなったのが惜しい(泣)


嵐の宿題くん』、深夜番組感があってゆるくて、それこそ半年も観てなかったけど好きだったなぁ。


嵐にしやがれ』もいいけど、『宿題くん』くらいのゆるさを持った嵐さんも好き(笑) 




キリがいいので、とりあえずこの辺で。


嵐さんのお話は後1回か2回かなぁ~。

私のきんあらファンへの歩み②

前回ブログを書き始めてみたら、思った以上に進まなくてびっくり(笑)

自分が予想していたより長い時間がかかりそうだけれど、折角書き始めたので書きたいことは色々書きたいと思います。
興味のある方がいらっしゃったら、気長にお付き合いくださいm(__)m



☆アイドルとしての嵐と出会う

こんな格好いいタイトルをつけるのもどうかと思いつつ、今回はこんなタイトルから。



いきなりだけれど、私が初めて買った嵐さんのアルバムは『Dream''A''live』。2008年4月23日発売。つまり、『VS嵐』が始まってすぐくらいに出たアルバムである。

正確に言うとこのアルバムは、私が買ったのではなく母が買ったもの(笑)
母は私と一緒に観ていた『VS嵐』のEDのテロップか何かでアルバムが発売されることを知って「歌うとどんな感じなのか聴いてみたい」と思い、発売日にCDショップを3件ほど回り、初回盤を手に入れたのだった。「こんなに売り切れてるなんて思わなかった!!」と言っていたことを覚えている。

因みに、このアルバムの初回盤には5人それぞれのソロが入っていて、後々この初回盤を手に入れてくれた母に凄く感謝することになる。


この『Dream''A''live』(以降、『ドリアラ』)は、家や車の中でめちゃめちゃ聴きまくった。どんな気持ち・感情で聴いていたのかはまったく覚えていないけれど、とにかく沢山聴いた。

初めて私が5人の声を聞き分けることが出来たのは『声』という曲。相葉くんの声が真っ先に分かって、大野くんとニノは最後まで結構難しかった。今も曲によっては「ん?今のどっち?」という時もあるくらいだから不思議。


私が気に入ったのは『Happiness』や『Do my best』、『シリウス』、『YOUR SONG』など。特に『シリウス』は印象的だった。元気なイメージしかない嵐が歌うバラードが新鮮だったし、「こんな素敵な歌も歌うんだなぁ」とびっくりしたんだと思う。



でもだからと言って、このまますぐに嵐にハマった訳ではなかった。
確かに家ではこのアルバムばかりを聴いていたけれど、この後立て続けに嵐のメンバーが出演した映画やドラマ(例えば、『花男』の映画、『魔王』、『流星の絆』、映画『ヤッターマン』、『ザ・クイズショウ』)は、1個も観なかった。シングルも1枚も買わなかった。

あ、『One Love』を歌ったMステはリアルタイムで観た。『花男』が好きだった兄に「今から嵐が歌うよ」と教えてもらって観た気がする。
あれが、私が初めて観た嵐さんが出てるMステ。
松潤がガッツリ道明寺ヘア、大野君がガッツリ『魔王』ビジュだったんだよなぁ…あれは。


そんな感じで、なんとなく嵐を意識してるくらいだった。でも、『VS嵐』は毎週欠かさず観てた(笑)



2009年3月、私が小学校を卒業。そう、ここまでは小学生時代の話。


2009年4月、中学校に入学。



そして、入学してすぐのことだったか、春休みだったか、記憶は曖昧ではあるが、


ともかく私は、1本のDVDを手に入れた。


大袈裟な言い方かもしれないけれど、このDVDが私を嵐にのめり込ませた運命の1枚だと思っている。




2009年3月25日発売。『ARASHI AROUND ASIA 2008 in TOKYO』。

AAAとも略されることがある、嵐初めての国立競技場ライブを収めたDVDである。



もーーーーーー、

このDVDにどっぷりとハマった。

そもそもコンサートの映像を観ること自体も初めてだったから、キラキラしすぎてかっこよすぎてびっくりした。

何度も何度も何度も何度も観た。
観過ぎて、その当時はセトリを覚えてしまっているくらいだった。

映像もだいぶ覚えて、勉強をしながらBGM代わりにDVDをつけて、気になる・好きなポイントが来た時だけ画面に注目するという器用なことをするようになるほどだった。


この時はまだ『ドリアラ』とシングルに入っているいくつかの曲(後でまた書くつもりだけど『Love so sweet』は持っていた)しか聴いたことがなく、知らない曲ばっかりだった。

嵐のデビュー曲がローマ字表記の『A・RA・SHI』だと言うことすら知らなくて、漢字のビジュアルだけで判断して『風』という曲をデビュー曲だと勘違いしたことが懐かしい(『風』は今も凄く好きな曲だけど)。



ともかく私は初めて「嵐のライブ」を体感した。



松潤の「行くぜ国立ーーー!!」という叫びにテンションがものすごく上がったし、「7万人幸せにしてやるよ!」にキュンキュンした。

『Oh yeah!』と『明日に向かって吠えろ』のサビ前で松潤に「手を上げろ!!」って言われて、反射的に手を上げた。

『La tormenta 2004』で、相葉くんが名前を呼ばれたときにピースしながら見せる笑顔の虜になった。可愛い。太陽みたい。

真っ白なピアノを弾き、眼鏡をかけてバラードを歌い上げるニノに感動して、最後に眼鏡を取るところで悲鳴を上げた。

『素晴らしき世界』という曲の中のラップを優しい歌声で優しい表情で歌う翔くんに惚れた。

大野くんが色んな歌の要所要所で響かせてくれる素敵な歌声に鳥肌が立ちそうになった。



そして、5人のMCが面白すぎて、何回も観て何回も笑って、ついには話をほとんど全部覚えた←

凄い可愛い笑顔を見せたりふざけたりしてるのに、かっこいい曲になった途端に放つアイドルオーラが半端なくて圧倒された。


個人的には、

アオゾラペダル』→『Hello Goodbye(相葉くんソロ)』→『素晴らしき世界』

という流れと、

『Re(mark)able』→『truth』→『Step and Go』

の流れが凄くお気に入り。


特に『素晴らしき世界』は特に、私を嵐さんにのめり込ませた曲だと思ってる。


最初は相葉くん以外の4人が椅子に座って、風を感じながら優しい歌声を空へ届けている。
そして2番の冒頭で相葉くんが登場し、立ったままソロパートを歌い上げる。
自分のパートを歌い上げた後、ちょっと息を吐いて晴れ晴れとした顔で自分の椅子に座る相葉くん。←観てると泣きそうになる
2番サビの後、CD収録より1オクターブ高い音域での翔くんのラップ。『……近い将来~♪』の最後の伸びやかな感じがすっごくいい。
で、ラップの余韻に浸ったまま突入するソロパートがまた素晴らしい。
歌い終わった後の表情とかも、もうほんとに素敵。


とりあえずこの曲は、流れの全部が好きなんです。はい(笑)。

観過ぎてだんだん皆の足のやり方(大野くんは足がブラブラしてる、とか)までチェックしだしてしまった。


後、
『One Love』の2番サビで5人が並んで本ステに向かって歩いていって(その時も肩を組んだりお尻を触ったり超可愛い)、最後に『……ただ1つだけ 贈る言葉はありがとう』のところで振り向いてお辞儀をしたりピースしたりするところも死ぬほど好きです。

一体このDVDは何回観たんだろうなぁ…。





このDVDを買って少し経ったら、私と同じく徐々に嵐さんにハマってきた母が、昔のコンDVDを買ってくるようになった。


そう、母と同じ人を好きになって良かったなぁとつくづく思う。
この後どっぷりファンになってから数年間、CDもDVDも雑誌も、全部お金は母が出していたのである(笑)

私が自分で買いに行けるところにCDショップがなかったという理由もあるだろうけど、私と同じくらい母もそれらが欲しかったのだろう。
母と趣味が会って本当に良かった(笑)


2本目に買ってきたDVDが『2004 嵐!いざッNow Tour!!』だったのは覚えているけれど、後の記憶は曖昧。

ただ最終的には、『ALL or NOTHING』以外は全てゲットしたから恐るべし母の行動力(笑)



そんな感じでハマっていったため、2009年8月に発売された『All the BEST!1999-2009』は迷わず購入。
ただ残念なことに、初回盤は予約の段階で品切れになってしまい、買うことができなかった。

※Disc3に収録されている曲は、後に全部集まりました(笑)



DVDで一気に嵐さんのアイドルとしての魅力を知り、バラエティーやMCとのギャップにも魅力を感じた私。


そしてこの流れで、
自分の生活と結びついてさらに嵐愛が加速していくのである…。






残念ながらまたしても全然進みませんでしたが、今回はここまで(笑)



折角なので、私が大好き且つおすすめしたいAAAコンのDVDを宣伝しておきます。

ARASHI AROUND ASIA 2008 in TOKYO [DVD]

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私のきんあらファンへの歩み①

私はKinKi Kidsのファンであり、嵐のファンである。いわゆる「きんあらファン」と言われる人間の1人と言って良いだろう(この名称の知名度がいかほどのものかは分からないが…)。

しかし、私のTwitterを日頃見てくれている人からすると、KinKiのことばかり呟いている私を「本当に嵐も好きなの?」と思っている人もいるかもしれない。


結論から言うと、
私はどちらのグループのFCにも入会している「掛け持ち」であり、KinKiファン歴よりも嵐ファン歴の方が長いのである。


私がまだ「嵐一筋」で嵐さんを見聞きすることだけを生き甲斐にしていた時期のことや、運命的に(!?)剛くんやKinKiさんに出会ったときのことなど、Twitterでたまに呟こうとしたこともあったが、話が長くなりすぎてどうもTwitterらしくない()

そこで自分の備忘録も兼ね、
「私が嵐にのめり込み、そして突如KinKi沼にハマって今にいたるまで」について、ここに言葉に残しておきたいと思う。



☆「嵐ファン」になる前の話(そこからかよ)


嵐の5人のことをちゃんと認識したのがいつだったか、はっきりとは覚えていない。

しかし、小学校低学年の頃から土曜日の昼はフジテレビを観ていたと記憶している。テレビに若い男の人が5人写っているな…というそんな程度でしかなかったけれど。


何せ私は10歳くらいまで、芸能人にほとんど興味がなかった。夜9時以降のTVを自由に観ることが出来なかった(父親に絶大なるチャンネル権があったから)こともあり、人気のあったバラエティー番組やドラマもあまり観たことがなかった。

※2人の兄の影響で『鉄腕DASH』と『学校へ行こう』は頻繁に観ていた。『堂本兄弟』や『スマスマ』は1度も観た覚えがないのは、きっと放送時間のせいだったのだろう。



私がはっきりと「嵐が出ている番組」だと分かって観た最初の番組は『まごまご嵐』だった。

山や海に近い小さな街へ行って1日お年寄りの「孫」になって働くというシリーズと、親が外出している間に子供たちに料理を作ってあげるというシリーズが交互に放送されていた気がする(ウィキで調べてみたら、2006年度後半はそんな感じだった模様)。かなり懐かしい。今思えばもんのすごく羨ましいロケだったなぁ。若かりし頃の嵐さんに晩ごはんを作ってもらいたい人生だった()


まごまご嵐』が終わると『GRA』が始まった。毎回「~研究会」という題で色んなものを研究していた気がする(内容の記憶は曖昧)。相葉くんが司会のポジションにいることが多くて、時折天然なところをぶちかましていて可愛かった。椅子から滑り落ちたこととかなかったっけ…??笑
後、「スケート研究会SP(で合ってるかな…)」が凄く面白かった記憶がある。
※『GRA』が「ゴールデンラッシュ嵐」の略だったっていうことは割と最近知りました(笑)


そして『GRA』が終わって次に始まったのが『VS嵐』。初回放送を観たことはバッチリ覚えている。対戦ゲストはココリコで、初回にやったゲームは「フォーリングパイプ」「クリフクライム」「ローリングコインタワー」。初回にやったゲームが今なお残ってるって凄いよね。
そういえば、初期の頃に主に2番目にやってたゲーム(ウィキによると、『キャッチングブリッジ』)は割とすぐになくなった。結構高いところでやるゲームだったから危険だったのかな。

因みに、『VS嵐』が始まったのと同時くらいにTBSで『ひみつの嵐ちゃん』が始まったのだけれど、そっちは観ていなかった。
あ、でもその番宣で5人で出た『東京フレンドパーク』は観たし、録画もした気がする。懐かしい。

日テレの『嵐の宿題くん』も、勿論この頃は観ていなかった。『嵐ちゃん』も『宿題くん』も、放送時間的にリアルタイムでは観られなかったし、録画を頼むほどでもなかったのだろう。




そんな訳で、フジテレビの嵐さんが出ている番組は継続的に観ていたけれど、だからと言って多局の嵐さんが出ている番組や出演しているドラマなどには足を伸ばさなかった。だから、この時期は単に「自分が好きな番組に嵐というアイドルが出ている」っていう程度だったんじゃないかなぁ…。






思っていた以上に長編になりそうなので、一旦ここまで。先は長いぞ(笑)